
5Dmk2 | SIGMA50mm
昨日、朝一番で新宿方面へお届け。納品先からほど近い場所にこんな橋がありました。「よどはし。ふ〜ん。なかなか由緒ありげだなぁ」と思いつつパチリと撮って、そのままちょっと神田川散策しました。

川の流れが北向きなんですよ、すごく不思議な感じ。

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時間が交錯するところと言いますか、昔と今が交錯するこういう町は好きですねぇ。恐ろしく近代的な建造物のすぐ横に、昔から脈々と続く地元住民の活き活きとした生活感が滲んでいました。とても魅力的です。
「新宿」の「よどはし」か.....
店に戻って写真を現像していたら引っ掛かっていた何かが見えてきました。
ヨドバシカメラ!?
wikiでヨドバシカメラの沿革を調べてみると、この橋というか地名が屋号の由来で間違いないようです。
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ただまぁ発祥の地とはいえ、この橋からヨドバシカメラ本店まではずいぶん距離があるなぁ?と不審に思いましたが...
その昔、ヨドバシカメラ発祥地( 東京都新宿区西新宿1-11-1)は「淀橋区」と呼ばれていた。時を経るうちに「新宿区淀橋」となり「新宿区西新宿」と変遷していった。(1947年:昭和22年3月15日 - 四谷区、牛込区と合併し、新宿区となる。淀橋区消滅)
なるほど、この一帯が淀橋区だったんですね〜。ヨドバシカメラの屋号はかつての新宿界隈を今に伝えるモノであり、同店がなかなかの老舗である証でもあるのですなぁ。
それはそれとして、何でそもそも「淀橋」なのか?
ダメですね〜。地名っていうのは知的好奇心を刺激しちゃうんですよね(^_^;)ついでにまたwikiってみました。
淀橋はかつて姿見ずの橋、面影橋などと呼ばれていたが、「淀橋」となった理由にはさまざまな説がある。(「姿見ずの橋」は中野長者伝説から来たもので、花嫁はこの橋を渡ると行方不明になるという言い伝えがあった。)
姿見ずの橋で休憩していた徳川家光が、川の流れが緩やかでよどんで見えたので淀橋と名づけた。/ 放鷹した際に姿見ずの橋を通った徳川家光(徳川吉宗説もある)が橋の名前の由来が不吉であることを知り、風景が京都の淀川に似ていたことから淀橋と改名した。 / 豊島郡と多摩郡の境界にあり、両郡の余戸をここに移住させてできた村なので、ここに架かる橋を「余戸橋」と呼ぶようになり、さらに淀橋となった。/ 柏木、中野、角筈、本郷の4つの村(4戸)の境にあるため「四戸橋」となり、これが淀橋に変化した。
うんうん楽しいねぇ(^^)諸説紛々なところも歴史が感じられて良いですね。きっと住民の方々にすれば徳川家由来説を推すでしょうなぁ。
うっかり地名を調べたら『姿見ずの橋』とか『中野長者伝説』とかっていう伝説に興味が派生しちゃったよ。渡りに舟ってことで調べちゃえ!
●姿見ずの橋 / ものの怪 東京案内板
この伝説は昨日の納品先の元お嬢様から存在を教えていただいたのですが、今でも古くからこの地で暮らしている方々には信じられているお話しだそうです。
やばい深いぞ!
うっかり調べ始めたらどこまでも追求したくなるキーワードが出てきてしまうぞ、この地名から!(^_^;)皆さんを巻き込んでもいけませんから、この辺にしておきますけど。
伝説の主人公である鈴木九郎から、派生する『熊野神社』や『和歌山』というキーワードがこれまた(^_^;)
我が町名「大口」の由来が『天皇勅使が熊野詣の際に入江川で大口袴を洗ったことから...』だったり、我が家の遠い本家が『和歌山の商船問屋』だったりでして(^^ゞいやいや興味が尽きませんなぁ、一銭の得にもなりませんけど。
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